2017年12月26日火曜日

路地で生まれたんだから

Johnny Hallyday "Je suis né dans la rue"(1969)
ジョニー・アリデイ「俺は路地で生まれた」

 ョニー・アリデイ(1943-2017)の数あるアルバムの中で、ROCK & FOLK誌、レ・ザンロキュプティーブル誌、リベラシオン紙などが「ロック・アルバム」として最上級の評価を捧げている "RIVIERE... OUVRE TON LIT"(1969年)のアルバム最終曲(B面5曲め)で、シングルカットもされた。サイケデリック期のアルバムで、録音はロンドン録音(サウンドエンジニアにグリン・ジョンス)、音楽監督はミッキー&トミー(ミック・ジョーンズとトミー・ブラウン)、ジョニーのバンドの他に、スティーヴ・マリオット(フェイセズ)、ロニー・レイン(フェイセズ)、ピーター・フランプトン(ハード)が参加しており、この録音セッションで意気投合したスティーヴ・マリオットとピーター・フランプトンがのちにハンブル・パイを結成したということになっている。
 この曲「俺は路地で生まれた」は、フランスの黎明期ロックンローラーでありジョニーのデビュー前からのダチであったロング・クリス(1942 - )が詞を書き、ミック・ジョーンズとトミー・ブラウン(すなわちミッキー&トミー)が作曲したもの。「俺の名前はジャン=フィリップ・スメ、あんたたちにはジョニーの名でよく知られている」と始まる、自伝的なテクストだが、この歌がジョニーの「ストリート伝説」の元。貧困、父の蒸発、不良時代、すべて歌詞の中に入っている。これが神話となって、どん底から生まれたスター、ワーキングクラス・ヒーロー、路地に生きる若者たちの兄貴分になっていくのであるが....


俺の名前はジャン=フィリップ・スメ
パリ生まれさ
あんたたちには
ジョニーって名前でよく知られている
1943年6月のある夜
俺は路地で生まれたのさ
嵐の夜にね

俺は都市に生まれた
壁はみんな灰色で
空き地の裏には
あばら家ばかり
ブリキのゆりかごの中で
俺は大きくなった
俺が笑うことを知らないったって
驚いちゃいけないぜ
俺は路地で生まれたんだから

夜になったら家に帰れって言う
父親は俺にはなかった
母親はしょっちゅう
夜中働いていた
俺は舗道に座って
ギターを弾いていた
石ころみたいな心で
俺の人生は始まった
俺は路地で生まれたんだから

俺のやりたい人生を通すために
俺は闘わなければならなかった
俺の人生を守るためには
もっともっと俺は闘わなければならなかった
都市の四方八方から俺は追われていたんだから
両の拳はいつも固く握られたまま
あれから俺は変わってないぜ
俺は路地で生まれたんだから

今や俺は灰色の壁ばかりの街に
住むのをやめてしまった
俺の名前は銀色に輝き
俺はギターは金色だ
俺の昔の歌は
今も同じさ
だけど夜になれば
俺は路地に戻っていくのさ
俺は路地で生まれたんだから

今や人々は俺に敬意を払い
俺は王様たちと夕食する
俺の友人になる人を選んでくれて
最良の人たちばかりを集めてくれ
俺を変えてやろうとしたんだ
だけどそれは無理な相談だ
あんたたちの時間の浪費に過ぎない
俺は路地に戻っていくさ
俺は路地で生まれたんだから

だって俺は路地で生まれたんだから
そうとも路地で生まれたんだ
路地でね

(↓)「俺は路地で生まれた」1969年ヴァージョン(リードギター:スティーヴ・マリオット)


(↓)「俺は路地で生まれた」2000年エッフェル塔ライヴ(リードギター:ロビン・ル・ムジュリエ、ブライアン・レイ)

2017年12月23日土曜日

2017年のアルバム With a little help from my friend

Orelsan "La fête est finie"
オレルサン  『あとのまつり』

 のアルバムを評するレ・ザンロキュプティーブル誌のレヴューがイントロで「ラップは今やヌーヴェル・シャンソン・フランセーズになった。オレルサンはそれに乗じていて、この分野の最も才能ある作者の一人であることは明白だ」と言うのですよ。新しいシャンソン・フランセーズかぁ。この呼称は90年代にミオセックやドミニク・アが出てきた時に言われたものだけど、「シャンソン性」とは今日どんなものなのだろうか。例えばストロマエが出てきた時にもろにジャック・ブレルと比較されたのは、その叙情表現性によるものだと思う。哀愁や悲嘆や悔恨や苦悩がエレクトロに乗ったら、それはシャンソンと呼ばれても不思議ではない。最初から極めて文学的だったクロード・MC・ソラールが、シャンソンと呼ばれたのを聞いたことがないが。で、オレルサンである。これをシャンソンと呼ぶとすれば、それはその「物語性」によるものだと思う。
 この物語性やシナリオ性に関するオレルサンにまつわる避けて通れないことは、かの裁判沙汰である。その女性蔑視的表現、性暴力的表現を含むライムが訴訟となって争われたわけだが、オレルサンは一審でも二審でも無罪となっている。なぜ? それはフィクションだからである。映画や小説の中と同じように、その作中人物は卑劣漢やレイシストやセクシストであり得るし、その発言は創作的表現であり、作者の思想や性向を直接表現するものではない。作中に登場するナチス将校が極めてナチス的な反ユダヤ表現をしても、その作者は罰せられることはない。オレルサンのラップに登場する暴漢が暴力的表現をしようが、創作においては...という理屈なのである。この訴訟によって女性蔑視者のレッテルを貼られたオレルサンは、名誉回復の権利があるが、いたずらにその方面で刺激的な表現はしなくなったようだ。そりゃそうだろう。
 ノルマンディー地方オルヌ県アランソンから出てきた35歳。本名をオーレリアン・コタンタン。日本語版ウィキペディアにも載っているが、ひどい日本語なので見ない方がいい。
オレルサン名義の3枚目のアルバム。この人日本のマンガが大好きで(このアルバムの中の"Christophe"という歌の中で "J'aime que les mangas"という歌詞あり)、その手の日本語は結構知ってて、「オレルサン」というのは「オーレリアンさん」のつづまったものらしい。アルバム冒頭の「San」という曲で「"さん"とは3のこと、"さん”とはムッシューのこと」と言っている。このアルバムは三部作の最終章だ、とも。

OK 俺、新しいアルバム出すぞ。
だけどその前に基礎の復習が必要だ。
俺、単純なヴィデオ作って、そん中で単純なこと言うぞ
あんたたちときたらアホすぎるんだから
シンプルでベーシックなやつさ、オーケイ?

最も聡明な人間というのは必ずしも最も話し上手というわけではない(シンプル)
政治家たちは嘘をつかなければならない、じゃなきゃきみは彼らに投票しないだろう(ベーシック)
きみがしょっちゅうアルコールの問題はないって言うのは、問題ありってこと(シンプル)
よく知らない相手と子供を作ってはならない(ベーシック)

FNのやつらは映画の悪役と同じようなツラがまえだ(シンプル)
信念を持つことと卑劣漢であることの間の境界線は極めて細い(ベーシック)
Hugo Bossはナチスの制服を作っていた、スタイルってのは重要なんだ(シンプル)
イルカは凶暴な動物だ、外見に惑わされるな(ベーシック)

ベーシック、シンプル、ベーシック、シンプル
あんたたち基礎がなってない、あんたたち基礎がなってない
あんたたち基礎がなってない、あんたたち基礎がなってない

インターネットに載ってることはひょっとして嘘かもしれないがひょっとして真実かも(シンプル)
イルミナティ かどうかなんてどうでもいい、きみは乗っ取られてる(ベーシック)
外国に行ったらきみは外国人さ、レイシストであることは何の役にも立たない(シンプル)
最も気のふれたやつって往々にして最も悲しいやつなんだ(ベーシック)
100人の人間が地球の財産の半分を所有している(シンプル)
5連勝単式馬券というのは必ず1頭か2頭は当たっているもんだ(ベーシック)
きみがいつも問題を一人で抱えているっていうのは、その問題ってきみのことだからなんだ(シンプル)
どんな世代でも言うんだ、俺たちの後の世代はデタラメだって(クリッシェ)

ベーシック、シンプル、ベーシック、シンプル
あんたたち基礎がなってない、あんたたち基礎がなってない
あんたたち基礎がなってない、あんたたち基礎がなってない

(↑ "Basique" オフシャルクリップ)
 これ、学校の先生の常套句なの。数学とかフランス語の授業で、先生は必ず言うのですよ「あんたたち基礎がなってない、もう1回基礎からやり直して来い」ってね。おお、いやだ、いやだ...。これがアルバムの3曲め。
 続く4曲めは、オレルサン作詞+ストロマエ作曲の「ヌーヴェル・シャンソン・フランセーズ」。オフィシャルクリップ制作もストロマエ。アルバムには12曲めにオレルサン+ストロマエ作詞、ストロマエ作曲、ヴォーカルフィーチャリングストロマエという"La Pluie"という佳曲も含まれている。オレルサンの才能を疑うものではないが、ストロマエ初め、強力な友人たち(メートル・ギムス、イベイ、ネクフー...)のサポートでこのアルバムは「すごいこと」になったんだと思う。では、その4曲め "Tout va bien (万事良好)"。

おやすみ
おやすみ

あのムッシューが外で寝ているのは、車の音が好きだからなんだ
死人のふりしているのは、銅像の真似して遊んでいるんだ
いつかあのおじさんがいなくなったとしたら、それは百万長者になったということさ
きっと棕梠の木の島にいて、ビールを飲んでいるにちがいない

すべてはうまく行っている
坊や、すべてはうまく行っている
万事良好だ、坊や
すべてはうまく行っている

隣のおばさんが大声で叫んでいるのは、おばさん耳が遠いからなんだ
おばさん体に青いものがあるのは、絵の具で遊んでたからなんだ
いつかあのおばさんがいなくなったとしたら、それはきっとハネムーンで出かけたのさ
雨が降ってくれないかなぁと言いながら、サングラスをかけているよ

すべてはうまく行っている
坊や、すべてはうまく行っている
万事良好だ、坊や
すべてはうまく行っている

人間たちが銃で撃ち合いをしているのは、銃弾の中にワクチンが入っているからなんだ
建物が爆破されても、それは星を作るためなんだ
いつかこの兵隊たちがいなくなったら、あんまり楽しく遊んだから
遠くに行ってみんなで輪踊りをしようってことになったからさ
みんな束になって、手に手をとって

すべてはうまく行っている
坊や、すべてはうまく行っている
万事良好だ、坊や
すべてはうまく行っている

おやすみ
おやすみ

(↑ "Tout va bien" オフシャルクリップ)

 ストロマエ制作のクリップはウクライナで撮影されたそう。オレルサンの隣の少年が最後にボソボソっと言うのは"не вірте все, що написано"(そんなこと僕は信用しないよ)。

PS:このアルバム、2017年のベストですから、この後他の曲のオフィシャルクリップが発表されたら、随時対訳つきで紹介していきます。
 
<<< トラックリスト >>>
1. SAN
2. LA FETE EST FINIE
3. BASIQUE
4. TOUT VA BIEN
5. DEFAITE DE FAMILLE
6. LA LUMIERE
7. BONNE MEUF
8. QUAND EST-CE QUE CA S'ARRETE
9. CHRISTOPHE (feat MAITRE GIMS)
10. ZONE (feat NEKFEU & DIZZE RASCAL)
11. DANS LA VILLE, ON TRANE
12. LA PLUIE (feat STROMAE)
13. PARADIS
14. NOTES POUR TROP TARD (feat IBEYI)

CD/LP 7TH MAGNITUDE - WAGRAM
フランスでのリリース:2017年10月20日

カストール爺の採点:★★★★★

(↓アルバムオープニング曲 "SAN" - ラジオSkyRock スタジオライヴ。エモーショナル!)


(↓)12曲め"La Pluie" feat ストロマエ(ストロマエ制作オフィシャルクリップ)

2017年12月17日日曜日

2017年のアルバム そらぁ、あんたぁ...

MCSolaar "Géopoétique"
MCソラール『ジェオポエティック』

 年のフランスの音楽アーチストで、メジャーレコード会社"U"と喧嘩別れ(訴訟込み)した大物ふたり:ジョニー・アリディとMCソラール。12月6日にジョニーHが他界して、"U"社はその歴史的な旧譜でこの年末大いに稼いでいるだろう。それに引き替え、MCソラールの”歴史的”初期4枚のアルバムは"U"が凍結したままで、中古コレクター市場を除いてどこにもなく、若い人たちにはもう「聞いたこともないもの」になりつつある。
 クロード・MCソラールの10年ぶり、8枚めのアルバムである。48歳。 なりゆき上過去の人になったが、過去の人になることは消え方によっては神話化になる。前作から意図的に4年間消えることを選んだが、実際には8年間休んでしまって、2年間で音楽、スタジオ、ミュージシャン仲間、ライムのようなものを取り戻したらしい。自分を失わずに取り戻す、それは鏡を見ることのように、輪郭やシワや肌の張りを確かめることだろう。すると、どうだ、こいつはフランスのラップシーンの最重要パイオニアで、フランス語の革命すら起こしてしまった偉人だった、ということに気がつくのだ。「それはおまえだったのか」と。アルバムの序曲的なファーストトラック "Intronisation"(王の即位と Introをかけているのね)はクロード・MCソラールの神話を自らなぞっている。そして人生の秋を迎えたという自覚と自虐である「秋の歌」である "Sonotone"(ソノトーヌ。son音とautomne 秋を合成した「秋の音」)へと続く。

このみなぎる自信、一体なんなのだろうか。
 小さい頃クロードはパン屋かジャーナリストになりたいと思っていたという。大きくなって機会が巡ってこういう言葉の職人になったが、ラッパーやソングライターは言わばジャーナリストに近い立場で自分に映る世界像を言葉にしているのであった。ところが2000年代がやってくる。世界の Google 化。それで検索すれば誰もがジャーナリストになれるようになったのである。情報は寸時のうちにほぼ無限に入手でき、フォーラム、ブログ、SNSは誰でも無数の大衆に向かって情報を伝えたり、オピニオンを表明したりすることができるようになった。ラッパー、ソングライター、ジャーナリストはこのインターネットが支配的な世界の登場に、居場所のぐらつきを覚えたに違いない。
 クロードMCの10年間の沈黙とは、Google化された世界を前に、俺に何が言えるのか、何を表現できるのか、という内省の時間だったのかもしれない。で、ラッパーのクロードMCソラールがこの世に放てるものはポエジー=詩であると改めて悟ったのではないか。彼は地球を政治的に捉える地政学 Géopolitique(ジェオポリティック) の視点は捨て、詩的インスピレーションで地球を見る「地詩学 = Géopoétique ジェオポエティック」を展開してみようと思った。そこでクロードMCは、世界を股にかけたG.O.(ジェ・オ。日本語読みではジーオー。Gentil Organisateur クラブ・メッドなどのヴァカンス村の何でもする従業員)になって大サービス。

シンガポール(サンガプール)でのヴァカンスについて
アンケート調査をかけ
挙手投票させたら、5人の女が反対
5人の男が賛成(サンガプール)
エストニア(エストニー)でのヒッチハイクについては
一票足りなかったが、それはアリアンヌだったか
トニーなのか(エストニー)
一人のアジア娘の車が寄ってきて
ねえ黒い人、乗りなよ(モンテネグロ)
俺は茶を一気飲みしちまった
まるでモンテネグロのシュナップス飲みみたいに
小柄体型(タイ)、痩せ体型(タイ)、あの娘はタイかな
タイワンかな?
その娘のジーンズはディーゼル製じゃなくて
ガゾール製、サイズは1(タイワン)

(リフレイン)
南回帰線、アフリカの角 Cancer du tropique, corne de l'Afrique
アジア・ヨーロッパ大西洋条約 Traité Atlantique euro-asiatique
天使の風景、自動小銃  Paysage angélique, arme automatique
俺のボールペンよ、問題点を書き出せ Mon bic, note les tics
詩人のG.O.  G.O poétique

 詩人のジェ・オ、そらぁ、あんたぁ、ねえじぇよ。

< トラックリスト >
1. INTRONISATION
2. SONOTONE
3. L'ATTRAPE-NIGAUD
4. FROZEN FIRE (featuring JULIA BRITE)
5. JANE & TARZAN
6. EKSASSAUTE
7. LA CLE
8. LES MIRABELLES
9. MEPHISTO IBLIS
10. J.A.Z.Z. (KIFFEZ L'AME) (featuring MAUREEN ANGOT)
11. SUPER GAINSBARRE (featuring MAUREEN ANGOT)
12. I NEED GLOVES
13. ADAM & EVE
14. ON SE LEVE
15. ZONME DES ZOMBIES (featuring BAMBI CRUZ)
16. AIWA
17. GEOPOETIQUE
18. PILI-PILI
19. LA VENUE DU MC

CD/LP PWAY TWO/WARNER FRANCE
フランスでのリリース:2017年11月3日

カストール爺の採点:

(↓) "L'ATTRAPE-NIGAUD"オフィシャルクリップ。



***** ***** *****

追記(2018年2月3日)

ルバム6曲め「エクサソート! Eksassaute」のクリップが公開になった。グサグサ迫るエモーショナルな出来。巨匠の仕事。シャポー。この人が健在であることはとても励みになる。以下、訳詞を試みました。

勉強して学位も取って試験もパスした
俺は大人でもうガキじゃない
ゆっくりと企業で出世していき
そして独立して会社を作った
俺の「約束の地」を目指して
もっと生産性を向上させなければ
俺のちっぽけな企業活動は
よその市場を探さなければ
俺は袖をまくり上げて
昼夜の別なく働いた
俺は教会が日曜に開くことさえ反対だった
だが、俺はダンピングの犠牲者
メイド・イン・チャイナの競合にはかなわない
わが愛しきトランポリン製造会社、ここに眠る
今になって俺は気づいた
俺は目を開くべきだった、って
リジューの聖女テレーズのように
時と光を見出すべきだった、って
きみの時間を、きみの生活の一部を
きみ自身ときみの友だちに差し出すんだ
忘れちゃいけない
こうべを高く上げて、
これまでの常識から自分を解放するんだ
定説なんぞ消えてなくなれ(エクサソート!)
ある女性コンサルタントが一人の画家に出会った
彼女は彼の耳元で
豪奢な世界とアプサント酒の話を囁いた
彼はわかったような顔をしたが、
パステルでしか絵を描かなかった
そこで彼女は「蛍光マーカー」「デジャヴ」「幻日」を彼に強要した
そしたら彼の評価はうなぎ上り
広告業者たちから引っ張りだこ
彼は今やバイリンガルのようにおしゃべりになったが
語るのはアートのことではなく数字のことだけ
しかし絵筆は反逆し、創造が導いてくれる
地球上で時は止まり、宇宙では
星たちが凝結してしまう
きみたちは月が
潮の満ち干を左右しているのを知っているか?
月は魂の揺れを生じさせ
彼女の心を動かし、彼女を救ったということを?
今になって彼女は気がついた
彼女は目を見開くべきだった、って
時と光を見出すべきだった、って
きみの時間を、きみの生活の一部を
きみ自身ときみの友だちに差し出すんだ
忘れちゃいけない
こうべを高く上げて、
これまでの常識から自分を解放するんだ
定説なんぞ消えてなくなれ(エクサソート!)
俺はマイクロフォンをつかみ、そして声を上げ
地下抵抗運動(マキ)に飛び込んだ
俺はパック入りのクナキ(ソーセージ)みたいに
窮屈さを感じたので
カキ色の野戦服を着たんだ
タムール人かパキ(スタン人)みたいにね
そしたら俺には人間たちの生活が見えたんだ
人間たちの生活って誰のものなんだってことが
小休止:俺はランドヨットの中で軍隊生活を送った
その中には爆弾と裸の女たちがいたんだ
間違いでも間違いでなくても、こうべを高く上げていることだ
鎌を持った死の女神が来るまで、生きなくてはいけない
エクサソート!
そんなもの爆発してしまえ!
(↓)"Eksassaute" オフィシャル・クリップ



2017年12月16日土曜日

2017年のアルバム その2

ゴーヴァン・セール『だといいな』
Gauvain Sers "Pourvu"

 ール天カスケット、Gシャツ、ボーダー、ボロンボロンとなる3コードギター、 パリゴ訛り... 。2016年10月からルノーの復活「フェニックス・ツアー」(75回公演)の前座で回っていたそう。ギター弾き語りシンガーソングライター。リモージュ生まれ28歳。2016年、拙ブログに4つも記事を書いて応援したクリオが1曲でデュエットしている。ああ、クリオと名前を書いただけで、アルバム全曲が脳内をぐるぐる回る、それほど愛聴していた2016年アルバムだったが、それはそれ。クリオと違って、メジャーレーベル(Mercury France)から出て、ルノーの前座だけではなく、ガッチリとプロモーションされてメディア露出度も高かったゴーヴァン・セールのファーストアルバム。7月のリリース時点で5万枚売ったという。メディアのはやし立て方は、ジュリエット・アルマネが「まんまヴェロニク・サンソン」だったように、ゴーヴァン・セールは「まんまルノー」だった。
 この「まんま」という表現、フランス語では copie conforme(コピー・コンフォルム)と言い、公文書の原本と同一の写しである、という法律用語系の堅い言い方。これ言われたら、どうしようもないんですよ。オリジナリティーゼロと言われたに等しい。
 それからアルバムリリース前に最初に出たプロモーション・ヴィデオの "Pourvu"(アルバムタイトル曲)、誰が見ても大家作で、ミッシェル・ゴンドリーかな、ジャン=バチスト・モンディーノかな、と思ったら、モロにジャン=ピエール・ジューネその人だった(↓。featuring アメリー・プーラン、ジャン=ピエール・ダルーサン、ジェラール・ダルモン)

 「金のかかってるやっちゃなぁ」というある種のいや〜な予感。つくりもの感。
 アルバムを手にして、いろいろな先入観が消えていくには、クリオとのデュエット曲が必要だったし、アラン・ルプレストへのオマージュ曲"Comme chez Leprest"も、極右FN市政にめげず生きる人々を歌う"Hénin-Beaumont"も、地下鉄構内を住処とする誇り高き乞食の歌”Un clodo sur toute la ligne"も、すべて嬉しい「意外」であった。アルバムを閉じる6分の「大曲」”Mon fils est parti au djihad"(私の息子はジハードに行った)という、イラクで死んだフランス人ジハード戦士を思う母のバラード、こんな重いテーマを淡々と平易な言葉(優しい母の言葉)で、飾りなくも頼りない音程の地声直情の歌唱で歌い上げる。このフォークは二重にも三重にもデリケートである。シャポー。
 パリ生まれでないのに、ガヴロッシュ(パリ小僧)を気取る。このポーズは今日びかなり難しいことだと思う。ガヴロッシュはヴィクトール・ユゴー作『レ・ミゼラブル』の登場人物であり、それが「パリ小僧かたぎ」の代名詞になる。往時のパリ下町風なスカーフやカスケット帽のような身なりの真似だけではガヴロッシュになれない。
 この「ガヴロッシュ」がキーワードになっている歌 "DANS MES POCHES"(俺のポケット)(↓)

ズボンの奥底を探る考古学者さんよ
俺のポケットをひっくり返したら
いろんな素敵なものが出てくるぞ
ブリオッシュのパンくずにまみれて
どっかをほっつき歩いていた鍵束と一緒に
ほったらかしておいた何枚かの小銭
そして何かいいメロディーが浮かんだら
俺は音符を殴り書きするんだ
ポケットの中でね

小銭入れの中には
日本レストランの電話番号
古い映画の入場券
ガキの写真はまだないけど
使ってないメトロのチケット
ヴェリブ(貸し自転車)の利用カード
俺が本物のガヴロッシュになってからというもの
テレビは消しっぱなしだよ
ポケットの中でね

その日のジーンズにもよるけどね
俺はいつも両手をつっこむんだ
特に秋で天気が悪くなるとね
冬が近づいてきても両手は暖かいんだ
俺はポケットの中に俺の理想や
信念も入れておくんだ、高く突き上げた指とか
岩のように硬い拳
厄介ごとはポケット袋に
吊るしておくのさ

ちょっと訳してもしかたがない。これは全部 "oche"(オッシュ)という韻踏みで、poche, croches, mioches, téloche, moche, roche, sacoche.... gavroche(ガヴロッシュ)と連鎖しているもの。結構な芸達者。叩いてみるたび、味のあるアーチストになっていきそう。

<<< トラックリスト >>>
1. POURVU
2. DANS LA BAGNOLE DE MON PERE
3. MON RAMEAU (en duo avec CLIO)
4. DANS MES POCHES
5. HENIN-BEAUMONT
6. UN CLODO SUR TOUTE LA LIGNE
7. LE VENTRE DU BUS 96
8. QUAND ELLE APPELLE SA MERE
9. SUR TON TRACTEUR
10. ENTRE REPUBLIQUE ET NATION
11. COMME CHEZ LEPREST
12. LE POULET DU DIMANCHE
13. COMME SI C'ETAIT HIER
14. MON FILS EST PARTI AU DJIHAD

CD MERCURY FRANCE 5763240
フランスでのリリース:2017年6月7日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)"MON RAMEAU" (ライヴ)クリオとのデュエット



2017年12月15日金曜日

2017年のアルバム 

ジュリエット・アルマネ『プティ・タミ』
Juliette Armanet "Petite Amie"

 やまっ、若くない。一聴してぐわぐわ押し寄せてくる年寄り感。2017年、最もイヤフォンで聴いたアルバム。つまり散歩の友。メランコリックになりがちな散歩をニヤニヤ笑いに変えてくれた怪盤。本当にお世話になりました感の強い1枚。
 ジュリエット・アルマネは1984年北フランス(つまりとてもベルギー寄り)リール生まれ(現在33歳。若くない)で、音楽アーチストになる前は、ARTE(独仏共同経営の文化教養テレビ局)とフランス国営ラジオFRANCE CULTURE(名は体を表す文化教養ラジオ局)でドキュメンタリー制作のジャーナリストだった。若くない感に加えてのクセモノ感は多分ここに由来するのかもしれない。それは単純なインテリっぽさではなくて、曲を作ったり編曲したりする時に、この女性はこうしたらこうなるという術の抽出しが多くて、ふふふと笑いながら作業している様子が目に浮かぶのである。
 この年寄り感のもとは多くのメディア評が指摘するようにもろな「セヴンティーズ」嗜好であり、より具体的には「ヴェロニク・サンソン・ヘリテージ」ということなのだ。トップアーチストとしてキャリアが長く、今や大御所中の大御所の地位にあるヴェロニク・サンソンであるが、辛口の批評誌/批評家に言われるまでもなく、その最高峰のアルバムは1972年のデビューアルバム『Amoureuse(アムールーズ)』(邦題『愛のストーリー』)であり、同じ年のセカンドアルバム『L'autre côté de mon rêve(夢の裏側)』(邦題『愛と夢の詩集』)であり、この2枚のクオリティーは群を抜いているのである。米人スティーヴン・スティルスと出会う前のもので、当時23歳だったサンソンが、当時の伴侶であり25歳だったプロデューサー、ミッシェル・ベルジェと二人三脚で制作した2枚。ジュリエット・アルマネのデビューアルバムは、誰が聞いても「サンソン+ベルジェ」のサウンドそのまんまであり、アルマネ自身、その影響を全く否定していない確信犯である。だから、2017年4月、このアルバム『プティ・タミ』が出た時、メディアは口々に「新ヴェロニク・サンソン」とはやし立てたのだった。
 サンソンだけではない。ヴールズィ、スーション、ウィリアム・シェレール、バシュング、ゴールド、ミレーヌ・ファルメール.... 後年ある種蔑視&否定される傾向にあった「非FM系」セヴンティーズ・ヴァリエテのアトモスフィアがボコボコ立ち上ってくる。しかもほとんどが美しいラヴソングであるのだから。例えばこの「アレクサンドル」である。

アレクサンドル
あなたの灰のひとかけに
あなたのラッキーストライクから落ちる灰のひとかけだけのために
わたしの命のすべてを捧げるわ

アレクサンドル
あなたはわたしのカリフォルニア
あなたの優しい言葉が
わたしのビキニの内側で泳いでいるわ

あなたはわたしの神への瀆し
わたしの最高に素敵な不眠症
でもあなたにジュテームと言うことは
わたしには禁じられているの

あなたはいくら汚らわしくてもいいわ
あなたはわたしの神

アレクサンドル
あなたのすべてにわたしはウイと言うわ
そのすべてが得られるのなら
わたしは天国よりも地獄を選ぶわ

アレクサンドル
わたしをあなたのアレクサンドリアにしてちょうだい
あなたはわたしが優しいって分かるはずよ
カリフォルニアみたいに優しいって

あなたはわたしの神への瀆し
わたしの最高に素敵な不眠症
でもあなたにジュテームと言うことは
わたしには禁じられているの

あなたはいくら汚らわしくてもいいわ
あなたはわたしの神

アレクサンドル
あなたは未発表盤より素敵よ
わたしはあなたの声を聞くのが好き
なぜってアレクサンドル
それはきれいなんだから

 わおっ。美しい旋律にワイルド&ダイナミックな詞、これは2017年、最も美しい愛の歌ではありませんかえ。
 それから散々「サンソン+ベルジェ」まんまと言われている「孤独な愛 L'amour en solitaire」(アルバム1曲め)

わたし一人ご満悦
浜辺で
わたしはメロドラマを演じ
雲たちを誘惑するの

わたし一人のパーティー
それは残念
二人ならばとても素敵
浜辺で二人で
タバコを吸えるなんて

わたし一人の船あそび
帆を上げるわ
でも一人だと水浸し
船乗り浸し

わたしの分身
わたしの無二の分身はどこに
わたしにはあなたはわたしの母だった
わたしの父だった、わたしのロデオだった
わたしは砂漠を横断する
孤独の愛を抱いて

わたしの分身よ 帰っておいで
わたしはわたしの大地を再び見つけたい
わたしのビールを、わたしのセーターを
もう砂漠の横断はこりごり
孤独の愛もこりごり

わたし一人の島
浜辺で
わたしは糸一本で支えられ
わたしの貝殻を集めている
壊れそう

わたし一人の顔
鏡に映る
たくさんの顔の中に
あなたを見つけることができない

わたし一人で踊るチークダンス
あなたの曲に合わせて
わたしは波に飲み込まれて
わたし一人で難破してしまう

でも結局のところ、そんなのどうでもいい
全然大したことじゃない
あなたがいなくて、わたしぼ〜っとしてただけ
ただそれだけ

わおっ。サンソンとは似ても似つかぬこの諧謔のセンスは、もうひとりのジュリエット、偉大な怪シャンソン歌手ジュリエット・ヌーレディンヌのもののようだ。元気になれる。
  無駄のない12曲39分アルバム。まだまだこのアルバムを散歩の友にできるぞ。

<<< トラックリスト >>>
1. L'AMOUR EN SLITAIRE
2. L'INDIEN
3. SOUS LA PLUIE
4. A LA FOLIE
5. CAVALIER SEULE
6. ALEXANDRE
7. MANQUE D'AMOUR
8. A LA GUERRE COMME A L'AMOUR
9. UN SAMEDI SOIR DANS L'HISTOIRE
10. STAR TRISTE
11. LA CARTE POSTALE
12. L'ACCIDENT

CD/LP BARCLAY 5748401
フランスでのリリース:2017年4月7日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)"LA CARTE POSTALE" ジュリアン・ドレとのデュエットのヴァージョン(ライヴ)、これは「サンソン+ベルジェ」風。

2017年12月7日木曜日

Everyday is Hallyday

マジッド・シェルフィ「このジョニーは彼自身よりはるかに大きいもの」

 2017年12月5日から6日かけての深夜、ジョニー・アリデイは74歳で亡くなりました。死因は肺ガンでした。フランスはこの国民的アーチストの逝去に、6日早朝から全メディアが追悼プログラムを展開しています。大統領府、政府、国民議会などからオフィシャルな弔事が発表され、9日(土)にはシャンゼリゼ大通りでの葬送行進を含む、国家あげての追悼セレモニーが開かれる予定です。
 この偉大さは日本からは見えづらいものでしょう。私自身、30数年の滞仏生活で、このアーチストのファンになったことはありませんし、コンサートに行ったこともありません。しかし自宅のレコード/CD棚を数えてみたら、シングル/LP/CD/DVD合わせて40枚もあり、知らず知らずのうちにジョニーと共に過ごした時間も少なくない「一般的フランス人」の仲間入りをしていたのだなあ、とびっくりしています。 
死の翌日のリベラシオン紙の第一面は、レイモン・デパルドン撮影の1967年のジョニーのライヴ写真。1面から19面までジョニーの追悼特集でした。その中にゼブダのマジッド・シェルフィの特別寄稿が1面扱いで載っていました。私にも覚えがありますが、人前で「ジョニーを評価する」というのは、われわれみたいにちょっと文化人気取りだったり、左翼っぽいポーズ取ったりする人たちにはかなり難しいことだったんです。そういうイントロでマジッドも書いてます。全文訳してみました。あらゆる下層の人たちとジョニーの声をくっつけてオマージュしようとしていますが、多数派の観点ではないと思います。マジッドらしいといえばマジッドらしい。メインのメディアでジョニーの死について語っている人たち(ジャーナリスト、芸能人、政治家、有識者...)はどうしても国民的ヒーロー像にしてしまいたいようで。

マジッド・シェルフィ「ジョニーは傷ついた魂の代理口頭弁論」

男でも女でもみんなそれぞれひとりのジョニーを持っている。私は80年代にその構文や文法や動詞活用の間違いのことでジョニーをバカにしていた若者たちのひとりだった。その頃はまだ「政治的」な時代で、人々はまだ左派を支持していた。われわれはその無教養を嘲り、その現実離れした美貌と完璧なアポロンのようないでたちを笑い、その歌の髪振り乱したロマンティスムや往々にして反動的な様相をバカにしたものだった。その学識の欠如と語彙の少なさをからかった。神というのはここまで誤りを冒すものか、と安心したりもした。人間が到達できるような偶像をめちゃくちゃにすることはたやすいことだった。
私はレオ・フェレを神格化するような、今言葉で言うなら「ボボ」(註:ブルジョワ・ボエーム=進歩派を気取る若い裕福層の蔑称)の一派だったが、最も反動的なものは見かけではわからないということを忘れていたのだ。私はそういう見かけを気にするような奴らのひとりだったが、例外的に、人に隠れてジョニーのアルバムを買っていた。私はその手作りの「美」によだれを流さんばかりだった。私はひざまづいてその歌詞よりもその声を聞き、それは私を打ちのめし、その後私は足取りを軽くさせその場を去った。たしかに、私は前衛なるものを自認していた「恥ずべき連中」のひとりだったし、あらゆる希望よりも高いところから降りてくるこの影のようなものに我慢がならなかったのだ。私はこの男が単なる声だけでないものであり、この声はどん底の人々の苦悩の化身であり、同時に担がれた十字架より高いところにある一筋の光なのだということを忘れていたのだ。それは頭痛の種を破壊するヴァイブレーションであり、傷ついた心を甲羅で包んでくれる。その声は疲労困憊した肉体を再びシャキっとさせ、朝には再び最低の職種と最低の仕事に赴かせてくれるのだ。その声はわれわれの声を救いにやってきてくれる。怒りの日にはわれわれの声を逞しくしてくれる。押しつぶされた苦悩の叫びを助けるために、その声はわれわれの声帯に乗り移ってくれる。それはすべての助けを求める叫びのメガフォンであり、下層の人々のメガフォンなのである。彼は自分ではそうとは気付かずに、すべての声なき人々、すべてのシステムから除外された人々の声を支えてきたのだ。彼は学識のない人にイロハを提供し、傷ついた魂に代わって口頭弁論をし、語彙の少ない人々の欠席答弁を買って出たのだ。
彼の楽曲の数々はバイブルとなり、居心地の悪い大多数たる無言者たちの口頭弁論と不幸な人々の光となった。自らを励ますことしか望まないこの男は、打ちのめされた者たちの自信を取り戻させ、より良い世界を説くあらゆる理想主義者たちに集中砲火を浴びせ、選挙公約や神の啓示を粉々に砕く。彼は自分自身のための約束しか守らない神であった。彼は老いて、病気を患い、酒を飲み、喫煙し、自分自身の欠陥に打ち勝ってきた。このジョニーはロックンローラーではなく、歌手でもなかったが、われわれのあらゆるフラストレーションに効く膏薬であり、あらゆる人生の不幸に効く絆創膏であった。悲嘆に暮れた日々の心を縫いつくろってくれる修繕装置だった。このジョニーは彼自身よりもはるかに大きなものであり、慰安の化身であり、プロレタリアの苦しみの穴を塞いでくれた。彼は最悪の不幸を生き抜いた人々、あらゆる格下げ被害者たちを慰めてくれた。これらのすべての人々が不幸に打ち勝つ勝利の可能性を説くこの男に自分の姿を見ようとした。彼はいつしか大きな不在者、失われた指導者、あまりに早く死んでしまった母親、傷ついた子供の代役となったのである。貧困者、のけ者、ホームレス、失業者、暴力にさらされた女、黒人、アラブ人、ロマ、一言のフランス語も解さない者の苦しみを和らげてくれた。彼の歌声はその歌詞や歌そのものをはるかに上回った。常に彼はその態よりも、彼自身よりも強いものだった。天使のような顔をした男、その彼が「俺のツラがどうしたってんだ? qu’est-ce qu’elle a ma gueule ?」と歌う時、あらゆる醜男たちはそこに自分を投影し、そのまさに真実味ある抑揚と勇ましさに自分の姿を見るのである。彼の声はまぶたの中にあらゆる悲しみの涙をせき止めるダムを建設してくれた。その堰の内側にわれわれは身を避難させていたものだが、この喪の悲しみの時に際して、私はそのダムが大量に作られたとは思えないのだ。今日、私は私の家族でない者の死のために泣いている。だが、彼は家族だったのではないのか?

マジッド・シェルフィ
(歌手、作家、俳優、ゼブダのメンバー)

(↓)文中に出てくる「マ・グール(俺の顔)」2006年パレ・デ・スポールでのライヴ映像 ("Ma Gueule" 1979年初録音。作詞:ジル・チボー、作曲:フィリップ・ブルトニエール。ちょっとピンク・フロイド「豚」っぽい。)


(↓)死の5ヶ月前、2017年7月1日「ヴィエイユ・カナイユ・ツアー」(ジョニー・アリデイ+エディー・ミッチェル+ジャック・デュトロン)ボルドーでの映像(YouTube投稿動画)。"La musique que j'aime"(作詞ミッシェル・マロリー/作曲ジョニー・アリデイ。オリジナルシングル1973年)

2017年12月2日土曜日

2017年の映画

"LA VILLA"
『ラ・ヴィッラ』

2017年フランス映画
監督:ロベール・ゲディギアン
主演:アリアーヌ・アスカリード、ジェラール・メイラン、ジャン=ピエール・ダルーサン、アナイス・ドムースティエ
フランス公開:2017年11月29日

 ディギアンだし、マルセイユ近くだし、プロヴァンスなんだから、なまって「ヴィッラ」とカタカナ化してみました。アナイス・ドムースティエを除いては、社会派映画の巨匠ロベール・ゲディギアンの幾多の映画のいつものメンツ、アスカリード+ダルーサン+メイランの主演作。だから同じ映画の続編の続編の続編といった印象。ずっと見ているわれわれもこの人たちと一緒に歳とってきたような。今回の新作の配役設定は3人兄弟。父の意志を継ぎ客がほとんど来なくなっても大衆レストランを続ける長兄のアルマン(ジェラール・メイラン)、(左派系)インテリで口が立つがそれが災いしてかエリート管理職を解雇され失業中の次男ジョゼフ(ジャン=ピエール・ダルーサン)、そしてテレビ・演劇・映画とすでに長いキャリアを持つ女優である末娘のアンジェル(アリアーヌ・アスカリード)。このずいぶんの間会っていない3人兄弟が、老いた父親の容態の急変(バルコンから夕日を見ながら、タバコに手が届かず椅子から転落、神経系をやられて全身不随に)の知らせで、プロヴァンス、マルセイユに近い小さな入り江の村の「実家」に参集する。
 われわれの歳頃(60歳前後)にはいずこでもよくあることで、自由のきかなくなった親の面倒をどうするか、財産はどう分けるか、今ある家はどう処分するか、とかを子供たちで協議するのだが、こういうことはずっと避けてきたのに、いつかは避けられない事態になる。この映画では今がその時。国立公園にもなっているカランクと呼ばれる美しい断崖入り江の村ではあるが、 小さな漁港とヨットハーバーがあるものの、猫のひたいほどの平地に人家が集まった寒村で人口流出が続き、観光開発もされず、寂れる一方。その寒村にひときわ目立つ父の家はブルジョワの豪奢な別荘(ヴィラ)のように、断崖の上に建てられ、海にパノラマを臨むそのテラスから眺める地中海に沈む夕日が絶景。裕福とは縁遠い階級(大衆料理屋経営)の父が無理を承知で作った「一点豪華」。この「ヴィラ」の上を高架で地方沿線の電車がガタンガタンと音を立てて通っていく。映画はこの電車通過シーン何回も見せてくれるのだが、なんとも侘しさが...。それと、冷やかしなのか、不動産物件を海上から探しているのか、豪華クルーザーに乗ったサングラス&スーツ姿の男たちが、入り江から数枚写真を撮って、また去っていくというシーン、見るだけで腹が立つ。
 この村、かつては子供たちも若者たちもいた。祭りもあった。その70年代の青春のような映像が、この3人兄妹の若き日の姿そのもので回顧されるパッセージあり。20代のアスカリード+ダルーサン+メイランの3人が海浜で若さを爆発させているシーン。ロベール・ゲディギアン監督のアーカイヴからモンタージュしたものであることは間違いないが、こんなに昔から一緒に映画作っていたのだ、としばし嬉しい驚き。
 しかし今日、3人兄妹には3人の事情があり、問題は簡単ではない。長兄アルマンは一人でも大衆レストランを続けていくつもりはあるが、今や客はほとんどいない。次男ジョゼフはこの家族会合に目下の恋人である若いベランジェール(演アナイス・ドムースティエ。かなり中心的な役割になってしまう闖入者)を同行させている。都会派でジョゼフと同じほどインテリだが、どう見てもジョゼフとは不釣合いな若さと魅力に溢れたベランジェールに、ジョゼフはいつ彼女が他の男に取られてしまうか気が気ではない。そしてジョゼフは失業したとは言え、中央で活躍してきたエリート気質が邪魔して田舎になど戻れないと思っている。末娘アンジェルの事情はもっと複雑で、数年先までスケジュールが詰まっている第一線の女優。加えてアンジェルにはこの「家」には消すに消せない悲しい事件の記憶(女優仕事の間に預けておいた一人娘ブランシュが、父と兄が目を離した隙に海に落ちて水死する)が詰まっている。父親はせめてもの償いに、とアンジェルにだけ別額の遺産を用意するのだが、彼女は受け付けない。
 映画はそれだけでなく、家族とずっと親しくしていた実家の隣人老夫婦が、長い間病気と闘ってきて先が長くないことを悟り、若く優秀な医者の息子の懸命の計らいを振り切って、夫婦で睡眠薬自殺してしまうというエピソードが、空気をさらに重くしてしまう。
 そしてこの映画は2017年的今日が背景なのである。この冬のカランク入り江の小さな村に、物々しいフランス軍のジープが行き交い、自動小銃を抱えた兵士たちが徒歩で海岸線を監視して回っている。地中海の向こう側から難民たちを乗せたボートがやってきて、この沿岸近くで難破したという通報あり、生存者が漂着してくる可能性がある。フランスはそのような漂着難民を保護する立場にあるのではないのか? なぜこのような武装した兵士たちが警戒監視しているのか? その問いに兵士は「難民は危険である可能性もある」と日本の政治家のような答えをするのですよ! 3人兄妹はムッと来るのだが、それを抑えて「不審な者を見かけたらすぐに軍に通報するように」と言う兵士に、二つ返事でハイハイと。
 映画ですからね。やっぱり。われらが期待する通り、われらが3人兄妹は、濡れた衣服のまま潅木の中を彷徨う幼い難民の子3人と出会ってしまうのである。少女の歳頃の姉と幼い弟2人。映画はここでラジカルにトーンを変えてしまう。ユートピアはここから始まっていく。3人兄妹は和解し、難民の子たちを秘密裡に保護し、ジョゼフもアンジェルもこの「ヴィラ」を動かないと決意するのです。付随的に若いベランジェールは、新しい(年相応の)恋人(自殺した隣人老夫婦の息子の医者)を見つけヴィラを離れ、これまた付随的に年増女優(おっと失礼)アンジェルは自分よりふた回りも若い村の演劇好きの漁師と恋に落ちるのである。60歳代の3人兄妹が、2017年的現実の事件をきっかけに、ふ〜っと和解し、ふ〜っとポジティヴな方向に歩き始める。これは奇跡のような映画でしょうに。
 「ふ〜っと」、これはみんなが次第にタバコを「再び」吸い出す映画でもある。「一服」の幸福、この世から消されつつあるものだが、忘れなくてもいいものでしょうに。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ラ・ヴィッラ』 予告編