2016年6月21日火曜日

A la favour de l'automne (アキに加担して)

Aki Shimazaki "Hôzuki"
アキ・シマザキ『ホオズキ』

 の出典は言わずと知れたテテの2003年の佳曲で、テテが秋と冬の2つの季節しかない町モンレアルにインスパイアされて作ったヴェルレーヌ型秋の歌です。ケベックの日系フランス語作家、アキ・シマザキは1954年岐阜県生れ。1981年にカナダに移住し、ヴァンクヴァー、トロントを経て、91年からモンレアル(モントリオール)に定住しているそうです。フランス語はモンレアルに暮らし始めてから習得したようなのですが、早くも1999年には最初のフランス語小説『Tsubaki (椿)』を発表しています。以来日本の花鳥風月的な日本語の題名(蛤、燕、蛍、三つ葉、柘榴、蜻蛉、薊...)を冠した作品を発表していて、フランスではポール・オースターや小川洋子を紹介している南仏アルルの出版社ACTES SUD(アクト・シュッド。この会社の出版物は一目でわかるタテ長装釘が特徴。)がほぼ全作品をフランスで刊行しています。当たり前のことですが、オリジナルがフランス語で書かれているので、翻訳の必要がない。因みにFNACの文学書籍売場は「フランス語作家」と「外国語作家」に大別されて陳列されているのですが、ハルキやバナナが後者のカテゴリーとなっているのに、アキ・シマザキはル・クレジオやアメリー・ノトンブと同じカテゴリーなのです。こちら側の土俵で相撲取ってるという感じがします。
 私はこの最新刊の『ホオズキ』がこの作家の初体験ですが、ネットでバイオなどを見ますと、過去の作品群も舞台は日本で、しかも歴史的な事件(関東大震災、第二次大戦、長崎原爆...)や朝鮮と日本の関係などが背景にあります。日本人とメモワール・コレクティヴを共有しないフランス語系人読者を想定して書かれているであろうこれらの作品は、無説明では進めないいろいろな日本事情をある程度可視化しなければならないという作者の役目があります。私も日頃フランス人とそういう日本事情を説明しなければ話にならない場面があり、かなり消耗することもありますが、こちらの持っている知的資料が試されるようなところでもあります。シマザキは私と同じ1954年生れで、私とほぼ同じ頃(彼女は1981年、私は1979年)に外国に移住しました。以来、いろいろな場面で日本事情を説明せざるをえなかった体験を多くしていると思いますよ。
 140頁足らずの短い小説『ホオズキ』は、日本的状況説明は特に必要としません。漠然と平成年代的な名古屋が舞台で、時期は1月です。「成人式」が1月15日ではなく、1月第2月曜日となっているところから、21世紀的現在なんでしょう。成人式で往来が晴れ着姿の若い女性でいっぱいになるという光景は、フランス語系人たちには説明が要るかもしれません。話者(ミツコという名)は7歳の息子に、お母さんも同じように成人式に晴れ着着たの?と聞かれて、成人式など行かなかったわ、と答えています。
 この作品で大きな鍵となっているのは「ひらがな」と「漢字」の関係で、多くの日本人が耳で聞いた言葉を「それは漢字でどう書くの?」と聞くのは、音あるいは「かな」表記では掴みきれない意味を固定化するためです。話者は母親と息子と同居して暮らすシングルマザーで、数年前に古書店を開業してひとりで切り盛りしています。彼女は古書店の看板として「きとう」という名前を掲げます。ひらがなで「きとう」です。事情に頓着しない人たちはそれは主人の名前だろうと想像し、「木藤」とか「鬼頭」とか漢字をあててみますし、近所の人は自然と「きとうさん」と呼んで挨拶するようになります。ところがそれは彼女の苗字ではない。遅くして熱心なカトリック教徒となった母親は、それが「祈祷」であろうと想像して、いい名前だと満足している。ところが「きとう」はそうではないし、これをミツコは誰にも明かそうとしないのです。
 話者は人に知られたくないこと、隠さなければならないことをたくさん持っている女性です。まず父母は離婚していて、その後母親は傷害事件を起こして1年間牢獄を体験している。タロウという名の息子は、スペイン人とのハーフであり(彼女のヴァージョンではその父たるスペイン男は息子が生まれる前にスペインで交通事故死している)聾唖の障害があります。そして息子を特別の養護学校に送ったり、古書店を開業する資金を集めるために、彼女は娼婦として働いていた過去があり、今でも息子には週末の商品仕入出張と称して外出し、毎土曜日の夜は高級クラブ(教授クラスの知識人・教養人が集まるセレクトクラブ)のホステスとして働いて、足りない家計を補っている。息子とは手話の会話になりますが、成長するにつれてさまざまな質問がぶつけられます。デリケートで知られたくないことも質問してきます。ミツコはそれを恐れずひとつひとつに答えていきますが、すべてが真実ではありません。ウソがベースです。それでもこの母と子の関係こそが作品の生命線であり、ミツコも作者も絶対にこれを壊そうとしない。
 男性との関係は絶やすことなくあったと言いますが、どれも長続きしません。秘密の多い女性、誰にも心を明かそうとしない女性というプロフィールがはっきりしてきます。読書だけがパッションであったのに、貧しさゆえに高校も卒業できなかった。唯一の恋らしきものは、ショウジという名の哲学科学生との交際で、貧しくも知の刺激にあふれた日々でした。哲学問答。特に宗教と哲学の関係について、この作品は折りあるごとに繰り返しこの問いを出してきます。同じように現世をいかに生きるかと問うても、宗教は信じろと言い、哲学は疑えと言う ー というレベルのことですけど。
 若かったミツコは排卵サイクルの計算を誤り、ショウジの子を妊娠してしまいますが、ショウジの猛反対にも関わらず、ひとりで中絶してしまいます。破局の始まり。関係は終わり、どこへ消えたやら。その後ミツコは二度と妊娠できない体になってしまいます。そしてある冬の日、どこか人知れぬ町に隠れて住もうとJRに乗り込み、途中下車した米原駅のコインロッカーに段ボール箱に入った新生児を見つけるのです。その段ボールには鮮やかなオレンジ色のホオズキが2茎...。

 7年後の1月、古書店「きとう」に、若い上流婦人が小さな女の子を連れて現れます。外交官の夫に頼まれて市中書店で入手不可能な哲学書を数冊探している、と。夫は新しい赴任先のドイツに行ってしまっていて、夫人も子供を連れて数週のうちに夫のもとに移住し、少なくとも3年は向こうで暮らすのだ、と。女の子は4歳ほどで、店の奥にいたタロウと(聾唖ハンディキャップなんぞ、あっちむけホイで)楽しくお絵描き遊びをしているのです。普段子供つきあいの希薄なタロウはこの新しい友だちが大好きになります。その名前は(笑ってはいかんのですが)ハナコと言うのです。「タロウとハナコ」ー こういう分かりやすさが非日本語人には非常に有効なのです。明白にこの二人は密な関係であるという仄めかしは、バイリンガルじゃなくてもわかるのです。
 サト(漢字では"里")夫人は、 タロウとハナコが大の仲良しになったということを口実に、ミツコに強引に接近してきます。"「きとう」というのは漢字でどう書くのですか?" ー ミツコは直感的にこのブルジョワ夫人に敵意があります。自分とは住む世界が違う。何不自由なく裕福に育った女。私は娼婦までした女。混じり合うことのない二つの世界。しかし、タロウの喜びを奪うわけにはいかず、二組の母子は動物園に行ったり、茶店に入ったり、何度か一緒の時間を過ごすことになります。サト夫人は、口を開けば自分の個人的な事情をミツコに告白しようとするのですが、ミツコは立ち入った話は好きではない、とそれを冷淡に拒絶します。それでもサト夫人は、なんとかしてミツコの固い門を開けようとする努力をやめないのです。やめられない理由があるのです。
 サト夫人とハナコの離日する日は近づき、ついに渡独前夜になってサト夫人はいたたまれず古書店の戸を叩き、ミツコに一対一の話し合いを求めます。そして自分が一夜の関係でできたスペイン人男との子を産んで、米原駅のコインロッカーに置いた話をするのです。その段ボール箱には二茎の鮮やかなホオズキが添えられていたことを。そして、あなたは、自分の店の名前を「きとう」として、その子がそこにいることの標(しるし)にしてくれたのだ、と。「きとう」はすなわち「鬼灯」(ほおずき)である、と....。

 この短い小説はこれが壊れない、たとえ何がどうあろうが、これだけは壊さないというものを壊しません。サト夫人の畳み掛ける攻撃 ー 攻撃と言うべきではない、母性の自責・悔恨から来る止むに止まれぬパッションでしょう ー にも絶対に屈しない何かがあるのです。口数と事実関係に負けそうになるものを救うものは何か。文学は何かに加担します。救われるものは何かを決めるのは文学の力ではないか、と私はこの小説で強く思いました。この夏は、アキ・シマザキの作品たくさん読むことになりましょう。

Aki Shimazaki "Hôzuki"
Actes Sud 刊  2016年3月  140ページ 14,50ユーロ

カストール爺の採点:★★★★☆
 


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