2012年1月4日水曜日

木になるふたり

YOM & WANG LI "GREEN APOCALYPSE"
ヨム&ワン・リ『グリーン・アポカリプス』

   2009年に発刊されたフランソワ・ジュリアン(哲学者、中国研究家)のエッセイ『静かなる変容(Les transformations silencieuses)』 (Grasset刊)が、ヨムにこのアルバムのコンセプトをインスパイアした,ということのようです。インターネット上でこのジュリアンの著の解説を拾い読みして解釈すると,それは日常的/瞬間的には目に見えない変化,例えば子供が成長し,肉体は老化し,山が侵蝕され,地球の温度が変化し,生態系が変わっていく,というゆっくりした変化を,中国の考え方はその変化を容認し,西欧の考え方はジタバタとその変化に対して何かしなければならないという方向性を持つ,という比較をしているようなのです。
 ヨムはジタバタする西欧人です。その前作ヨム&ザ・ワンダー・ラバイス『愛を込めて』 ではそのジタバタのあまり,世界が立ち行かないことに義憤したスーパー・ヒーローとなって燃えるクラリネットを武器に闘ったのですから。それは目に見える敵との死闘だったのでしょう。そしてその次にヨムは目に見えない脅威をなんとかしなければならない、と考えたのですね。
 『緑のアポカリプス』 ー 地球の温度が変わり、生態系が変わり、植物/樹木が著しく繁茂して人間社会を浸食する図をヨムは想像します。この変化はおそらく長い年月をかけてのことかもしれません。しかしこの図は、21世紀的フランスでは一部現実となっていて、ブルターニュ地方で、20世紀後半の近代的な超集約飼育法をシステム化した内陸部の酪農園が使用した多量の化学飼料が原因となって、その排水河口になる海浜地区に緑藻が異常発生しています。それは異臭を放つだけではなく、堆積すると猛毒ガスを発して、それを嗅いだジョギングランナーや馬が死ぬ、という事件が起こったのです。美しいブルターニュのアルモール海岸はこの猛毒緑藻のせいで夏のヴァカンス客をずいぶん失いました。
また2006年に開館したパリ15区のケ・ブランリー博物館の外壁をつかった「垂直庭園」(右写真)も、当初は都市の垂直な空間と植物の緑を調和させたエコロジカルな人工ペイザージュとして話題になりました。しかし町全体がこのペイザージュとなったら、どうでしょうか? これが人工的に作られるのではなく、植物がこの垂直にビルディングに繁茂する習性を自らが獲得して、植物が勝手に町全体を覆ってしまったら?
 CDアルバム『緑のアポカリプス』のジャケットはそのイメージを東京・渋谷にあてはめた想像図です。繊細なセンシビリティーを持った方たちにはショッキングな図だと思います。ヨムがこのアルバムを制作する時点では、2011年以降、日本国内に住む人々が放射能という目に見えない脅威の中で生きている、ということが想定されていなかったのです。渋谷に起こりうる「静かな変化」は、2011年以降、静かな速度でやってくるものではないかもしれない、ということが考えられなかったのです。
 ともするとヨムのジタバタはそういう傾向なのです。つまり静かな変化が、静かな速度でやってくるのではなく、ある朝目が覚めたら、目の前に突然こういう風景が広がったら、という想像力です。ここで最初に挙げたフランソワ・ジュリアンの著書に戻ると、こういうジタバタの対極に、中国的な考え方、すなわち森羅万象/万物流転を諦念的に受容する達観があるのではないか、と思ったのです。そこでこのコンセプトアルバムのパートナーとして、在仏中国人の口琴ミュージシャンであるワン・リを選んだわけです。
ワン・リの来歴と彼の2010年のアルバム『サンの夢』 に関しては当ブログのここ(「ワン・リの超常」)で紹介しているので参照してください。ヨムとワン・リの初共演は2009年のヨムのアルバム『ウヌエ』 で3曲録音されていますが、すでにその1曲が「アポカリプス」と題されていて、ヨムの中ではすでに次の共演のコンセプトが温められていた、と想像できます。
 クレズマー・クラリネット(およびバス・クラリネット)の新王ヨムと、鉄製と竹製の数種のクーシャン(口弦。口琴)とフルス(葫芦絲。ひょうたん笛)の達人ワン・リのデュエットです。テーマは『緑のアポカリプス』。環境破壊、遺伝子組替え、人工楽園を目指す人間の奢り、そのようなものがもたらす「静かな変化」の進行と結末を二人の楽器で表現したものです。クラリネットの音は苦悩し、悲鳴を上げ、翻弄される人間の声のように聞こえ、クーシャンとフルスは森羅万象の呼吸や高鳴りや鎮まりのように情景を描写します。それを示す曲名がこんなふうに並びます:「円環」、「植物愛」、「緑的終末」、「電気」、「花暦」、「地中の嵐」、「発育不全の物語」、「一本の木の夢」、「大旱魃」。その間に4片のインターリュード「サイレント・トランスフォーメーション」(静かなる変容)が挿入されます。タイトルと想像力があれば、この警鐘的な音楽は了解されましょう。しかし、私はヨムを知っているので、これらのすべてをある種の冗談でやっているようなところがあることは否めません。裏のところでは、ユダヤクラリネット奏者はアポカリプスをオモチャにし、中国仙人は「困ったことよのう、ふぁっふぁっふぁっ」と煙草の煙をくゆらせる、という図が見えてきたりします。
 (ボーナスとしてモーチーバのDJポール・Gによるリミックスが1トラック)

<<< トラックリスト >>>
1. Silent transformation - prologue
2. RINGS
3. VEGETAL LOVE
4. Silent transformation
5. GREEN APOCALYPSE
6. ELECTRICITY
7. FLOWER DIARY
8. Silent transformation - before the storm
9. UNDERGROUND STORM
10. TALES OF THE UNDERGROWTH
11. THE DREAM OF A TREE
12. DROUGHT
13. Silent transformation - epilogue
14. (Bonus) ELECTRICITY (Paul G/Morcheeba Remix)

YOM & WANG LI "GREEN APOCALYPSE"
CD Buda Musique 860220
フランスでのリリース:2012年2月

( ↓ Yom & Wang Li "Electricity"(Paul G/Morcheeba Remix)

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