2010年10月22日金曜日

ワン・リの超常



Wang Li "Rêve de Sang"
ワン・リ『サンの夢』


 タイトルを見てフランス語の"sang"(血)なのかな、と思ったら,ワン・リの奥さんの名前だそうです。ワン・サン(Wang Sang)。このCDの美麗な4つ開きディジパックのアートデザインも彼女が手掛けていますから、グラフィック・デザイナーさんかな?と想像しています。
 ワン・リは1980年中国のシャンドン(山東)州に生まれています。大学卒業後,共産党員の両親が決めた進路に反抗し,2001年にひとりでフランスに移住します。数ヶ月の放浪生活の後,パリの西郊外イッシー・レ・ムーリノーのサン・シュルピス神学会にたどり着き,そこで修道生活に入ります。俗界と隔絶された世界に3年,ワン・リはそこで音楽の道を見いだしたのです。
 英語ではジューズ・ハープ(jew's harp)、フランス語ではガンバルド(guimbarde)、日本語では口琴,アイヌ語ではムックリ....。この楽器は古代より世界のさまざまな文化の中にありました。中国語では今日「口弦」(KouxianあるいはKou-huang)と呼ばれますが、古代にはHuang(フアンは竹かんむりに黄という字)と呼ばれ,紀元前5世紀に編纂された「詩経」にも登場しています。CDについている解説によると、古代中世と重要な楽器だったものの、14世紀頃から廃れ,中央ではほとんど使われなくなったものの、地方で民間伝承の楽器として細々と今日にまで伝えられてきたようです。その民間での使われ方として(アイヌのムックリと同じですが)、若い娘が好きな男の気を惹くために奏でる楽器だったことでも知られています。

 鉄製と竹製の数種のクーシャン(口弦)とフルス(葫芦絲。ひょうたん笛)を使ったワン・リのソロCDです。アルバムタイトル通り,奥さんのワン・サンの見た夢を音にしてみたのでしょう。「夢は無限の空間である」と解説に書かれています。それは海溝の深淵に限りなく吸い込まれて落ちていくイメージとなっています。そこで出会うクラゲや深海魚や見知らぬ生物の数々と対話します。光の届かない「グラン・ブルー」への旅です。このイメージはリュック・ベッソン映画「グラン・ブルー」と同じように胎内回帰であり、さらに人間個体が持っている太古の記憶の呼び起こしでもあります。太古,私たちはクラゲでもあり、プランクトンでもあったわけですから。
 ワン・リの作りだす音色は、そういう人間個体が知らずと持ってしまった懐かしさを刺激します。眠りに落ちてしまうかもしれません。水の中です。深い深い水の中です。18曲50分。聞き終わると、なにか長〜い眠りから覚めたような気になります。ふと頭に手をやると、海藻がついています(それはないか....)。

<<< トラックリスト >>>
1.REVE DE SANG (サンの夢)
2.HUMIDE - 2 (湿)
3.BAMBOU - 3
4.BAMBOU - 4 (竹林の中の風の匂いを覚えているかい?)
5.POISSON CHOUETTE (梟魚)
6.DONG TING (洞庭湖)
7.HUMIDE - 1 (漂・潜・滲)
8.LES RADIOLAIRES (放散虫)
9.AUX ABYSSES (深淵に)
10.CALMAR BIJOU (蛍イカ)
11.JASMINS AU FOND DE L'EAU (水底のジャスミン)
12.MEDUSE NOIRE (黒クラゲ)
13.VER DE POMPEI(ポンペイ・ウォーム)
14.UNE LOTTE DE MER EPINEUSE (トゲアンコウ)
15.POISSON SANS IDENTITE (正体のない魚)
16.MEDUSE BLEUE(青クラゲ)
17.MASCARET (高潮)
20.TROUBILLON (渦)

WANG LI "REVE DE SANG"
CD BUDA MUSIQUE 860197
フランスでのリリース 2010年11月8日



Wang Li - Chine
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2010年10月21日木曜日

世界に広がるティケン思想









Tiken Jah Fakoly "African Revolution"
ティケン・ジャー・ファコリー『アフリカ革命』


   俺たちの代わりにアフリカを変えに来てくれる者など
   誰ひとりとしていやしない
   俺たちの代わりにアフリカを変えに来てくれる者など
   誰ひとりとしていやしない

   これらすべてのことを変えてしまうために
   立ち上がらなければ
   これらすべてのことを変えてしまうために
   俺たちが立ち上がらなければ

    ("Il faut se lever" 作詞マジッド・シェルフィ+ティケン・ジャー)

 ティケン・ジャー・ファコリー(本名ドゥンビア・ムーサ・ファコリー)は,フランスで5月革命があった年,1968年にコート・ディヴォワールのオディエネで生まれています。この42歳の若者は,2003年以来故国のコート・ディヴォワールにいられなくなって,マリのバマコに住んでいます。コート・ディヴォワール大統領ローラン・グバグボの側近から死の脅迫を受けているためだそうです。ティケン・ジャーはグバグボだけでなく,アフリカおよび世界の腐敗した権力を弾劾する歌を多く歌っています。アフリカの人々に「意識の目覚め」を喚起するのが彼の歌です。彼は数カ国語で歌いますが,私の場合,フランス語が一番良くわかるので,どうしても彼のフランス語曲に惹かれてしまいます。なぜならば,メチャクチャに分かりやすいからです。単に平易というのではなく,びっくりするほど明晰で,びっくりするほど正論なのです。これは(フランス語わかる人なら)誰でもすぐに膝を打ってリフレインを大唱和という感じなのです。
 私は生前ボブ・マーリーを一度も見ることができませんでした。1980年7月3日,5万人を集めたル・ブールジェのコンサートも遠くうわさに聞くのみでした。で,私はたいへんなファンというわけではなかったのですが,人がこのカリスマに夢中になるのはよく理解できました。なんと言ってもわかりやすいですし,明晰ですし。で,昨今のティケン・ジャーがやっている音楽を聞くと,彼はフランス語でミスター・ボビーに匹敵することをやっているんじゃないかと思ってしまうのです。西アフリカ,仏海外県アンティル,仏語圏ヨーロッパなどでは,おそらくこれほど明晰なメッセージを伝えられる「仏語」アーチストは他に例をみないでしょう。

   仲間でいたかったらIMFへの借金を
   最後の一銭まで払うことだな,とおまえは言う
   そうすればクラスの最優等生になれるぞ,とおまえは言う
   もう階級闘争の時代は終わったんだ,とおまえは言う

   俺のテレビから出て行け
   俺のテレビから出て行け

     ("Sors de ma télé" 作詞マジッド・シェルフィ+ティケン・ジャー)

 ティケン・ジャー・ファコリーの8枚目のアルバム『アフリカ革命』は,大上段に構えたタイトルのように見えましょうが,彼自身は何も構えていないのです。たぶん自然に革命のことを考えているでしょうし,革命は可能だという確信があるから,それを人に説く歌が歌えるのでしょう。

    Go to school my brother
    I say go to school
    You will understand very soon
    All the problems of your nation

     ("African Revolution" 作詞ジョナサン・クウォーンビ+ティケン・ジャー)

 革命の基本には教育が必要,とティケン・ジャーは説きます。文字を書き,本を読む,それが革命のイロハ。並のアーチストですと,こういうことにインテリが割って入ってイチャモンつけて,単純化を嘲笑して別の議論を展開してくるんですけど,ティケン・ジャーの場合,その歌聞けば,正論として通る並外れた説得力が感じられると私には聞こえます。
 バマコにいる間に親しんだマンダングの音と,ジャマイカ・ルーツなキングストンの音,私にはよくプロデュースされた一級のサウンドのように聞こえますが,それよりも何よりもティケン・ジャーは「俺たちでなければできないこと」を確信的にやっていることの迫力に圧倒されます。「俺たちの代わりにアフリカを変えに来てくれる者など/誰ひとりとしていやしない」のですから。
 マジッド・シェルフィ(ゼブダ)が詞で関わった2曲が群を抜いていいです。


<<< トラックリスト >>>
1. African Revolution (Jonathan Quarmby/Tiken Jah Fakoly/Thomas Naim)
2. Je dis non (Féfé)
3. Political War (feat. Asa) (Jonathan Quarmby/Tiken Jah Fakoly/Asa/Thomas Naim)
4. Marley Foly (Tiken Jah Fakoly)
5. Il faut se lever (Magyd Cherfi/Tiken Jah Fakoly)
6. Sinimory (Tiken Jah Fakoly)
7. Vieux Pere (Tiken Jah Fakoly)
8. Sors de ma télé (Magyd Cherfi/Tiken Jah Fakoly)
9. Votez (Tiken Jah Fakoly)
10. Je ne veux pas ton pouvoir (Jeanne Cherhal/Tiken Jah Faloly)
11. Initié (Tiken Jah Fakoly)
12. Laisse-moi m'exprimer (Tiken Jah Fakoly/Mr Toma)

TIKEN JAH FAKOLY "AFRICAN REVOLUTION"
CD BARCLAY/UNIVERSAL 5329306
フランスでのリリース 2010年10月4日


↓ "Il faut se lever"のヴィデオクリップ