2009年4月18日土曜日

イギリス人は利口だから水や火などを使う

ミッキー&トミー『ステート・オブ・ミッキー・アンド・トミー』
Micky & Tommy "STATE OF MICKY AND TOMMY"


 イギリス人は利口だから水や火などを使う − ロシア民謡「仕事の歌」の歌詞の一部で、そのあとは「ロシア人は歌を歌い、みずからなぐさめる」と続きます。何のことだかわかりますか?「水や火」というのは蒸気機関なんですね。蒸気機関の普及による産業革命が早かったイギリスに比べて、ロシアはまだまだ人力で働いていた、という時代の「仕事の歌」です。
 19世紀20世紀では、ヨーロッパのやや遅れた国々から見れば、一番進んでいたのはイギリスでした。イギリスに比べたら、フランスなんて十歩も百歩も遅れていた。そう感じていた人たちがたくさんいたのです。
 ことを60年代の大衆音楽に限定してみましょう。かたやビートルズ、ローリング・ストーンズが席巻していた国があって、海峡を渡ってこちら側の大陸にくると、あらら...ジョニー・アリデイ、シルヴィー・ヴァルタンですからね。この格差は一体何なのかと、と愕然としたのは、実は音楽ファンだけではなく、アーチストたち自身でもあったのです。
 1ヶ月半ばかり、爺はフランソワーズ・アルディのことばかり資料を追ってきましたが、彼女も初期の頃、この問題でおおいに悩んでいたのです。アルディの1962年のデビュー盤は「おお、おお、シェリー」という米国曲カヴァーを第一曲めにした、4曲入りEPシングルでしたが、全くパっとせずに、発売3ヶ月後に2000枚という売上で消えていく運命にあったのです。それがある偶然があって(ここのところは5月号「ラティーナ」読んでください)、そのシングルの中の1曲「男の子女の子」が注目され、爆発的なヒットとなってしまうのです。63年にフランスで百万枚ヒットになり、隣国イタリアでも百万枚ヒットになり、その人気はイタリアからスペイン、ドイツ、イギリスに波及し、19歳で国際スーパースターになってしまったのです。
 アルディが契約したレコード会社ヴォーグは、売れてるんだから、どんどん録音して、ばんばんレコードを出そうとするのですが、アルディは外国に出て、特にイギリスを知ってから、ヴォーグの録音はお粗末であるということを知ってしまうんですね。例えばその「男の子女の子」を聞いてみましょう。バックはB級エレキバンドですよね。後世になってアルディは、たとえこの曲が自分を世に出した国際ミリオンヒットであっても、このレコードの出来のひどさに恥じて、自分のレパートリーとして認めたくなくなるのです。これはひどい曲だった、と。
 この「男の子女の子」の国際的ヒットは、64年にイギリスでその英語版「ファインド・ミー・ア・ボーイ Find me a boy」を録音させることになり、そこでフランソワーズは、ストリングスやピアノが加わった繊細な「イギリス式」録音を初体験するのです。このストリングスの起用にこだわっていたフランソワーズ・アルディに対して、ヴォーグ側は「エレキバンドのバッキングで十分にヒットしているのに、なんでストリングスが必要か」という経済的な理由で断るのでした。そんなにわけの分からん連中だったら、もう議論したくないから、とにかくイギリスで録音させてくれ、というのがアーチスト側の希望でした。こうしてアルディはその国際的な成功をタテに、64年以降、イギリスで録音する自由を得ることになるのです。アーサー・グリーンスレード(ゲンズブールの「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」他)や、チャールズ・ブラックウェル、ジョン・ポール・ジョーンズ(未来のレッド・ゼップ)等が、アルディの編曲者/バンドマスターとなり、アルディはフランスよりもイギリスで「スウィンギング・ロンドン」の真っただ中で録音するという幸福を得るわけですね。
 この「イギリスの音」にこだわるアーチストは多く、例えばミッシェル・ポルナレフがレコード会社AZとの契約にデビューシングルをイギリス録音で、という条件をつけ、その結果「ノンノン人形」はジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズがバッキングするということになったのです。ジョニー・アリデイもシルヴィー・ヴァルタンも当時の録音にはすごいメンツが参加しています。後者の兄、エディー・ヴァルタンがシルヴィーの曲や録音に大きくものを言うのですが、そのエディーがイギリスから連れて来た凄腕の助っ人が、ミッキー・ジョーンズ(ギター。1944 - )とトミー・ブラウン(ドラムス。1940-1978)だったのです。
 この二人はともに英国バンドニーロ&ザ・グラディエーターズ(Nero & the Gladiators。60年唯一のヒットがクラシック曲「剣士の入場」のインストカヴァー)のメンバーだったんですが、続くヒットがなく解散して、フランスに渡ってディック・リヴァース(「ツイスト・ア・サントロペ」)のバックバンドに入ります。それをエディー・ヴァルタンが引き抜いて、シルヴィーのバックバンドのメンバーにするんですが、その才能は演奏だけではなく、ソングライティングの面でも買われ、1964年からシルヴィーに曲を提供するようになります。
 1966年、兵役から戻ったジョニー・アリデイは、これからの世の中英米ヒットのカヴァーだけではあかん、と悟り、ロック色を強め、アリデイ型オリジナル・ロックを創っていくのですが、そのスタッフにグリン・ジョンス、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ、ゲイリー・ライト(スプーキー・トゥース)、ミッキー&トミー等が大きく関わっていきます。
 そして、いろいろと問題のあったヴォーグとの5年契約が切れて、自分のレーベルを設立したフランソワーズ・アルディも、このミッキー&トミーに作曲/編曲/スタジオワーク等たくさん仕事を依頼するんですね。そのコラボレーションは70年のアルバム"SOLEIL", 72年の英語アルバム"IF YOU LISTEN"で顕著です。
 またイギリスのテレビショー「レディ・ステディ・ゴー」にシルヴィー・ヴァルタンが出たりすると、ミッキー&トミーがバックミュージシャンとして故郷に錦を飾るんですね。複雑ですけど、こういう形でミッキー&トミーは、外国で花開く英国アーチストみたいな見方をされます。オーストラリアで芽を出したザ・ビージーズみたいなもんですけど。この本国で認められずに外国で流謫の身となったアーチストというコンセプトが数年後にミッキー・ジョーンズをしてフォーリナーというバンドを結成させることになるんですよ。
 ミッキー&トミーはフランスでも決して第一線に出たことはありません。しかし、フランスのレコード会社と契約して、フランス人には絶対に出来っこない、先端のソー・ブリティッシュなロックサウンドのレコードを出していくんです。また映画音楽や、偽名バンドでのファンク・ブーガルーのインストルメンタルのレコードも出します。こういう助っ人&裏方の目立たないミュージシャン稼業ですが、トミー・ブラウンはジョニー・アリデイに"Ma jolie Sarah"というジョニーの大ヒット曲を書いて、ウハウハウハウハ生きてましたし、ミッキー・ジョーンズは、ルー・グラム、イアン・マクドナルドと結成したフォーリナーで世界のビッグネームになってしまいます。

 フランスの旧譜復刻の鬼であるマジック・レコーズが2008年秋に出した「ミッキー&トミー」の全フランス録音24曲のCDです。まあまあ、驚きの連続です。シルヴィー・ヴァルタンのバックミュージシャンたちが、影でこんなことしていた、という1965年から71年にかけての仏録音マージービート、仏録音サイケデリック、仏録音スウィンギング・ロンドン...。裏方の悲哀など微塵もなく、フランス人には絶対できっこない誇り高いブリティッシュ・サウンドです。特にNimrodニムロード名義の2曲"The Bird"と"Don't let it get the best of you"は、後世のライブラリーものサイケデリック・コンピレーションで幾度となく収録される、カルトナンバーとなっています。出稼ぎ者の徒花とでも言いましょうか。異郷の地にあってもイギリス人は本当に冴えていたんですね。

<<< トラックリスト >>>
1. Micky & Tommy "With love from 1 to 5"
2. Micky & Tommy "Sunday's leaving"
3. Micky & Tommy "I know what I would do"
4. Micky & Tommy "Quelqu'un qui part" (Someone Like You)
5. Micky & Tommy "Frisco Bay"
6. Micky & Tommy "Julian Waites"
7. Micky & Tommy "Nobody knows where you've been"
8. Micky & Tommy "Good time music"
9. Micky & Tommy "If I could be sure"
10. Micky & Tommy "Alice"
11. The Blackburds "Promenade dans la foret du Brabant"
12. The Blackburds "Absolument Hyde Park"
13. The Blackburds "Get out of my life woman"
14. The Blackburds "Don't go home"
15. The Blackburds "The In Crowd"
16. The Blackburds "Don't need nobody"
17. Nimrod "The Bird"
18. Nimrod "Don't let it get the best of you"
19. The J. & B. "There she goes"
20. The J. & B. "Wow! wow! wow!"
21. Micky & Tommy "Never at all"
22. Micky & Tommy "Then you got everything"
23. Thomas F. Browne(with Mike Jones) "Gentle Sarah" (Ma jolie Sarah)
24. Thamas F. Browne(with Mike Jones) "Carry My Load"


Micky & Tommy "State of Micky and Tommy"
CD Magis Records 3930773
フランスでのリリース:2008年10月


(↓ ステート・オブ・ミッキー&トミー "I know what I would do" フランスのテレビ映像)

(↓)ニムロード 「ザ・バード」(1969年)


(↓)トーマス・F・ブラウン「ジェントル・サラ」(1971年)


(↓)ジョニー・アリデイ「ジョリー・サラ」(1971年

1 件のコメント:

かっち。 さんのコメント...

ラティーナ読みました。いつも素晴らしい原稿に感謝です。そういえば2、3年前、通販雑誌ラルドゥートにアルディ、デュトロン親子が出てました。